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横浜地方裁判所 平成3年(行ウ)3号 判決 1992年8月05日

神奈川県中郡大磯町大磯一八九七番地イ号

原告

鈴木客光

右訴訟代理人弁護士

末川吉勝

右訴訟復代理人弁護士

島田新一郎

同県平塚市松風町二-三〇

被告

平塚税務署長 酒井弘志

右訴訟代理人弁護士

東松文雄

被告指定代理人

上賢清

神谷宏行

添田稔

村瀬次郎

桑久保誠

高瀬正毅

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成元年九月二七日付でした、原告の

(一)  昭和六一年分所得税の更正のうち所得金額一五〇万二六五〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を

(二)  昭和六二年分所得税の更正のうち所得金額一四九万五一四〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を

(三)  昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額二二五万六八五〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取消す。

第二事案の概要

一  原告は、「小田半」の屋号で鮮魚卸業を営むものであるが、昭和六一年分、同六二年分及び同六三年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税につき、白色申告書により確定申告をした。

被告は、所部職員菅野昇大蔵事務官(以下「菅野係官」という。)の調査等に基づき、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計の方法によって算定し、平成元年九月二七日付で各更正処分(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定」という。)をした。

原告の本件係争年分の所得税について、原告のした確定申告、被告のした更正、賦課決定等の経緯は、別表本件課税処分の経緯(昭和六一年分ないし昭和六三年分)のとおりである(争いがない。)。

二  調査等の経緯、推計の必要性及び本件各更正の根拠等について、当事者双方が主張するところは、次のとおりである。

(被告の主張)

1 調査等の経緯

(一) 原告は「小田半」の屋号で鮮魚卸売業を営んでいるが、本件係争各年分の所得税につき原告の住所地である神奈川県中郡大磯町大磯一八九七番地イ号を申告地としていわゆる白色申告書により確定申告をした(乙一ないし三)。

(二) 被告は、原告に対する税務調査が長期間行われていないこと及び原告の申告所得金額が収入金額に比し低調であると認められたことなどから、所得金額の適否について調査を行う必要があると認め、菅野係官にその調査を命じた。

(三) 菅野係官は、平成元年五月二日、右調査のため原告宅に臨場したが、原告及び家族とともに不在であったため、同月一一日午前一〇時に所得税調査のため原告宅を訪問したい旨記載した文書を差し置いて帰署した。

(四) これに対して、原告は、平成元年五月六日、菅野係官宛電話をかけてきたが、同係官が不在であったため、被告所部職員廣田孝則大蔵事務官(以下「廣田係官」という。)が対応に出た。原告は、廣田係官に対し、事業に関する書類はすべて破棄した旨申し立て、さらに、被告所部係官が勝手に原告宅の玄関まで入るのは許せない、不法侵入で訴える旨の一方的な抗議をして電話を切ってしまった。

(五) 菅野係官は、調査に対する原告の協力を得る必要があると考えて、平成元年五月八日午前八時三〇分ころ原告宅に電話したところ、原告は留守であり、原告の妻鈴木ハル子(以下「妻ハル子という。)が応対に出たので、同人に対し、予定どおり同月一一日午前一〇時に調査のため原告宅を訪問したい旨伝えた。

原告は、同日午前一〇時三〇分ころ、平塚税務署所得税部門に電話をかけてきたが、この時、菅野係官が会議中であったため、被告所部職員和田文雄総括上席調査官が対応に出たところ、原告は、この時も帳簿の書類は見せられない。昭和四〇年に税務署と決着はついている。」なとどと一方的に話して、電話を切ってしまった。

(六) 菅野係官は、何とかして原告の調査協力を取りつけようとして、平成元年五月一〇日午前八時三〇分ころ再び原告宅へ電話をしたところ、この時も原告は留守であった。そこで菅野係官は、応対に出た妻ハル子に対して、調査に協力をしてもらいたいが、応じてもらえるものかどうか、原告の返答をもらいたい旨伝えた。

原告は、同日午前一〇時三〇分ころ、菅野係官ではなく、廣田係官あてに電話をかけてきて、同係官に対し「税務調査には協力しない。もう家に電話をするな。」などと大声で怒鳴り、激しい調子で調査拒否の態度を示した。

(七) 以上の経緯からして、菅野係官は、原告宅に臨場したとしても、税務調査に対する原告の協力は全く得られないと判断し、五月一一日原告宅に臨場することを断念して、原告の所得金額を原告の取引先に対する調査により把握すべく、まず原告の取引金融機関の調査を開始した。

(八) しかるところ、原告は、平成元年五月二〇日午前一〇時ころ、突然平塚税務署に廣田係官を尋ねて出頭してきたので、本件の調査担当者である菅野係官が同署庁舎三階の所得税部門の事務室において原告に応対した。その際、菅野係官は、被告の税務調査に協力するよう原告を説得したにもかかわらず、原告はこれに全く耳を貸そうとせず、かえって、その時右事務室にいた同署職員やたまたま来署し同事務室に、いた税務者のすべてが振り向くほどの大声で、「他人の家に勝手に入るのは不法侵入にあたる。税務署の調査には協力しない。税務署は、いいかげんなことばかり言って、納税者を脅かしていることはわかっている。」などと一方的な発言、抗議を繰り返し、そのまま同署を立ち去ってしまった。

(九) そこで、菅野係官は、平成元年五月二二日、原告の所得金額を取引先調査により把握するため、原告の取引金融機関の調査で把握した売上先をはじめ、被告が事前に原告の売上先として把握していた伊豆半島の鮨店に対し、原告との取引について回答するよう依頼した照会文書を発送した。

ところが、右照会文書を発送した数日後の五月二六日、原告から菅野係官あてに電話が入り、原告は、同係官に対して「取引先に照会をしているようだが、回答にあまり来ないと思ったほうがいい。得意先に対しては、税務調査は任意であるから、協力することはないと教えてやっている。」などと発言した。

(一〇) 右のとおりであるところ、事実原告の取引先に対する照会につき回答が得られないものが多数発生したため、菅野係官は、電話でこれらの未回答者に対して回答するように督促したところ、右未回答者から、総じて「強制調査でないから協力できない。」という電話回答があった。また、被告が発送した照会文書を、原告が取引先から回収しているという事実が、一部の未回答者によって明らかにされた。

(一一) さらに、原告からは、菅野係官あてに、「照会先に電話をかけまくっているようだが、どういうことだ。税務調査は任意調査だから、回答する必要はないはずだ。」という内容の電話が入り、同係官は、所得税法二三四条所定の質問検査権及び税務調査の根拠等について説明したところ、原告は、「所得税法がどうのこうのということではなくて、令状がない以上、税務調査に協力する必要はないと取引先に言ってある。などという発言を繰り返すので、同係官は、同条に基づき税務調査を進める旨を告げた。これに対して、原告は、「できるものならやってみろ。」などと、喧嘩ごしで怒鳴り電話を切ってしまった。

(一二) そこで、菅原係官は、電話督促に対しても回答に応じなかった取引先に対して、右取引先を管轄する熱海税務署と共同で臨場調査を行った。しかし、大多数の取引先で、いきなり「任意調査ですか、強制調査ですか。」と尋ねられ、取引先調査に係る強制力についての議論に終始し、本来の税務調査の目的を達成することができなかった。

(一三) 以上述べたとおり、原告は、被告の税務調査に全く協力せず、また、被告の取引先調査等によっても、原告の所得金額を実額により把握することができなかったため、被告は、やむを得ず、原告の本件係争年分の事業所得の金額を推計の方法により算定した。

(一四) 当時菅野係官の上司であった被告所部職員後藤憲之統括国税調査官は、その後原告と電話でやり取りし、修正申告のしようようをしたが、原告は「見せる書類はない。仕事で体が空かないから会うことができない。」などといった内容の発言を繰り返し、さらに「更正通知書を見てから、異議があれば異議申立てをすればいいんだし、後は、後藤さんの処理にまかせるよ。」などと申し立て、同統括官の再度の調査協力の要請にも一切応じなかったので、被告は、右推計により算定した所得金額をもって原告の所得金額とし、本件各更正に及んだ次第である。

2 推計の必要性

申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従った正しい申告をする義務を負うと共に、その申告を確認するための税務調査に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものというべきところ、1で述べたとおり、原告は被告の納税調査に全く協力せず、その総所得金額を算定するに足りる直接資料を提示しなかったことから、被告は、原告の総所得金額を実額により算定することができず、また、他にもこれを実額により算定するに足りる資料を収集することができなかったことから、推計の方法により原告の総所得金額を算定したものであり、本件について推計の必要性が存在したことは明らかである。

3 本件各更正の根拠

被告が本訴において主張する原告の本件係争各年分の事業所得の金額(総所得金額)及びその計算根拠は、次のとおりである。

(1) 昭和六一年分

昭和六一年分の事業所得の金額は、八八九万九二〇四円であり、その算出過程は、次表記載のとおりである。

<省略>

(1) 売上原価の額(右表の<1>欄) 一億〇四八六万二七五〇円

右金額は、原告の確定申告額と同額である。なお、原告の事業内容・規模等からみて、年初及び年末において特段の変化があったと認めるべき事情がないことから、年初及び年末の商品棚卸高につき、これを同額と推定し、仕入金額をもって売上原価の額とした(以下同じ。)。

(2) 同業者の平均売上原価率(右表の<2>欄) 八三・七九パーセント

右率は、神奈川県下において原告と同様に専ら鮮魚卸業を営む青色申告の個人事業者で、かつ、原告と事業規模が類似する者(以下「同業者」という。)の昭和六一年分の事業所得に係る総収入金額に対する売上原価の額の割合(以下「売上原価率」という。)の平均値(ただし、小数点五位以下四捨五入。以下同じ。)である。

なお、同業者の抽出基準などについては、後記4のとおりである。

(3) 総収入金額(右表の<3>欄) 一億二五一四万九四八一円

右金額は、(1)の売上原価の額を(2)の同業者の平均売上原価率で除して算定したものである。

(4) 同業者の平均所得率(右表の<4>欄) 七・八三パーセント

右率は、同業者の昭和六一年分の事業所得に係る総収入金額に対する青色申告に係る特典控除前の事業所得の金額の割合(以下「所得率」という。)の平均値(ただし、小数点五位以下四捨五入。以下同じ。)である。

(5) 事業専従者控除額控除前の事業所得の金額(右表の<5>欄)

右金額は、(3)の総収入金額に、(4)の同業者の平均所得率を乗じて算出したものである。

(6) 事業専従者控除額(右表の<6>欄) 九〇万円

右金額は、妻ハル子及び原告の長男鈴木光一(以下「光一」という。)に係る所得税法五七条三項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。)所定の事業専従者控除額の合計額である。

(7) 事業所得の金額(右表の<7>欄) 八八九万九二〇四円

右金額は、(5)の事業専従者控除額控除前の事業所得の金額から(6)の事業専従者控除額を控除して算定したものである。

(二) 昭和六二年分

昭和六二年分の事業所得の金額は、七九九万四六一八円であり、その算出過程は、次表記載のとおりである。

<省略>

(1) 売上原価の額(右表の<1>欄) 九七六四万六八六〇円

右金額は、原告の確定申告額と同額である。

(2) 同業者の平均売上原価率(右表の<2>欄) 八三・六七パーセント

右率は、同業者の昭和六二年分の売上原価率の平均値である。

(3) 総収入金額(右表の<3>欄) 一億一六七〇万四七四五円

右金額は、(1)の売上原価の額を(2)の同業者の平均売上原価率で除して算定したものである。

(4) 同業者の平均所得率(右表の<4>欄) 七・七五パーセント

右率は、同業者の昭和六二年分の所得率の平均値である。

(5) 事業専従者控除額控除前の事業所得の金額(右表の<5>欄) 九〇四万四六一八円

右金額は、(3)の総収入金額に、(4)の同業者の平均所得率を乗じて算出したものである。

(6) 事業専従者控除額(右表の<6>欄) 一〇五万円

右金額は、妻ハル子及び光一に係る所得税法五七条三項(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)所定の事業専従者控除額の合計額である。

(7) 事業所得の金額(右表の<7>欄) 七九九万四六一八円

右金額は、(5)の事業専従者控除額控除前の事業所得の金額から(6)の事業専従者控除額を控除して算定したものである。

(三) 昭和六三年分

昭和六三年分の事業所得の金額は、九五七万二一四二円であり、その算出過程は、次表記載のとおりで

右金額は、(5)の事業専従者控除額控除前の事業所得の金額から(6)の事業専従者控除額を控除して算定したものである。

(二) 昭和六二年分

昭和六二年分の事業所得の金額は、七九九万四六一八円であり、その算出過程は、次表記載のとおりである。

<省略>

(1) 売上原価の額(右表の<1>欄) 九七六四万六八六〇円

右金額は、原告の確定申告額と同額である。

(2) 同業者の平均売上原価率(右表の<2>欄) 八三・六七パーセント

(4) 同業者の平均所得率(右表の<4>欄) 七・二一パーセント

右率は、同業者の昭和六三年分の所得率の平均値である。

(5) 事業専従者控除額控除前の事業所得の金額(右表の<5>欄) 一〇〇二万二一四二円

右金額は、(3)の総収入金額に、(4)の同業者の平均所得率を乗じて算出したものである。

(6) 事業専従者控除額(右表の<6>欄) 四五万円

右金額は、光一に係る所得税法五七条三項所定の事業専従者控除額である。

(7) 事業所得の金額(右表の<7>欄) 九五七万二一四二円

右金額は、(5)の事業専従者控除額控除前の事業所得の金額から(6)の事業専従者控除額を控除して算定したものである。

4 推計の合理性

(一) 被告が原告の事業所得の金額を算出するために採用した推計の方法は、3のとおりであるところ、右算出の基礎とした同業者の抽出方法は次のとおりである。

すなわち、原告が事業所を有する神奈川県下において原告と同様に事業所を有し、専ら鮮魚卸業を営む個人事業者のうち、本件係争各年分ごとに次の(1)ないし(5)の条件のすべてに該当する者を、同業者として別表一ないし三記載のとおり抽出した。

(1) 税務署長から青色申告の承認を受け、確定申告の際、青色申告決算書を提出している者であること。

(2) 本件係争各年分ごとの売上原価の額が、原告のそれの半分以上二倍以内の範囲の者であること。

(3) 年を通じて鮮魚卸売業を営んでいる者であること。

(4) 災害等により営業状態が異常であると認められる者以外の者であること。

(5) 昭和六一年分ないし同六三年分の所得税につき税務署長から更正又は決定処分を受けている者については、当該処分に係る国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者及び当該処分に対して不服申し立てがなされ又は訴えが提起され現在審理中でない者であること。

(二) 被告は、本件係争各年分ごとに(一)の(1)ないし(5)の条件のすべてを満たしている者を同業者として漏れなく抽出したのであるから、右抽出に被告の恣意が介在する余地はなく、また、その抽出対象区域も原告が事業所を有する神奈川県下に限定していることから、地域の類似性も担保されており、かつ、抽出された同業者は原告と業種及びその事業規模が類似している青色申告者であるから、被告が採用した推計の方法は、これによって求めた数値を原告の本件係争年分の真実の所得金額に近似するものとして認定するにつき合理的であることは明らかである。

(被告の主張に対する原告の認否及び反論)

1 調査等の経緯について

(一) 被告の主張(1)一の事実は認める。

(二) 同1(二)の事実は認める。

(三) 同1(三)の事実は認める。ただ、原告宅には郵便受けがあるのに、菅野係官は、不在票を原告の家の中に差し置いた。

(四) 同1(四)の事実のうち、電話に出た事務官の氏名は知らない。原告が、事業に関する書類はすべて破棄した旨、申し立てたとの点は否認する。いわゆる「白」だから、そもそも書類は作成していない、と言ったのである。

(五) 同1(五)前段の事実のうち、菅野係官から電話があったことは認めるが、日時については知らない。

同1(五)後段の事実のうち、原告が平塚税務署に電話したことは認めるが、帳簿書類は見せられないと言ったことは否認する。そもそも書類はないと言ったのである。

(六) 同1(六)前段の事実のうち、日時は知らない。

同1(六)後段の事実のうち、原告が税務署に電話をかけたことは認めるが、その余の事実は否認する。そもそも帳簿書類は作成していないから、見せろといわれても見せられない、また、留守が多いから、家に電話されてもでられない、と言っただけである。

(七) 同1(七)のうち、菅野係官の判断については知らない。

(八) 同1(八)のうち、原告が平塚税務署を訪ねたことは認める。しかし、被告の主張するような内容のことを大声で一方的に発言、抗議したことはない。

(九) 同1(九)前段の事実のうち、照会文書が発送されたことは認める。

同1九後段の事実のうち、原告が平塚税務署に電話したことは認めるが、被告主張のような内容の発言をしたことはない。原告が取引先のために抗議し、税務署との間で売り言葉に買い言葉のやり取りがあっただけである。

(一〇) 同1(一〇)の事実のうち、被告が発送した照会文書を原告が取引先から回収していた事実は認める。しかし、これは、反面調査のため迷惑を受けた取引先から、照会文書の受取りを求められ、止むなく預ったものである。

(一一) 同1(一一)の事実のうち、原告が菅野係官に電話し、喧嘩ごしの発言をした事実は認めるが、令状がない以上税務調査に協力する必要はないなどと発言したことはない。

(一二) 同1(一二)の事実は知らない。

(一三) 同1(一三)のうち、原告が全く税務調査に協力しなかったとの点は、事実に反する。原告は白色申告をしていたので、帳簿書類はないから、これを提出することによって税務調査に協力することはできないと主張したまでのことである。

(一四) 同1(一四)のうち、後藤統括国税調査官の調査協力要請に一応応じなかったとの点は、事実に反する。原告は、平塚税務署の要請に従い、平成元年八月二五日、同月二六日、同月二八日、同月二九日の売上額の報告をして、税務調査に協力したものである。

2 推計の必要性について

(一) 原告は、前項(一四)のとおり、四日間の仕入及び売上額や家族の生活費について説明しており、税務調査に全く協力しなかったわけではない。そして、原告・被告間にそれ以上の協力関係が成立しなかった原因は、菅野係官の当初の対応の不親切さ及び他の税務官吏の原告への対応の不誠実さにある。

(二) 原告は白色申告をしているものであり、原告自身にはわかる程度の方法で売上その他の記録を行っていたのであるから、被告は、現にある資料で、原告の所得を把握する努力をすべきであったのにそれをしなかった。

(三) 被告において原告の協力を得られないと判断し、反面調査を始めるまでの期間は、わずか二週間に過ぎず、きわめて短期間である。そして、結論を出した後は、原告との関係を修復するために見るべき努力をしていない。

本件では、余りに安易に推計課税の方法を採用したものというべく、推計の必要性はなかったものと言わざるを得ない。

3 被告の主張3(本件各更正の根拠)及び4(推計の合理性)については、何ら否認反論をしない。

三  争点

原告の本件係争各年分の事業所得金額の算出につき、推計の必要性があったか、ひいては、その必要性があることを前提に、推計の方法により右所得金額を算定したことが適法といえるか。

第三争点に対する判断

一  調査等の経緯について

1  被告の主張1(一)ないし(三)の各事実は、当事者間に争いがない(なお、菅野証言によれば、同係官は、不在票を原告方の玄関の中ではなく、郵便受けに差し置いたことが認められる。)。

2  次の各事実は、いずれも当事者間に争いがない(もしくは、原告が明らかに争わないから、自白したものとみなす。)。

(一) 原告は、平成元年五月六日、菅野係官に電話をかけたが、同人が不在であったため、対応に出た被告所部係官に対し、被告所部係官が勝手に原告宅の玄関まで入るのは許せない等の抗議をして電話を切った。

(二) 菅野係官は、五月八日原告宅に電話したところ、原告は留守であり、同人の妻ハル子が対応に出たので、同女に対し、予定どおり、五月一一日午前一〇時に調査のため原告宅を訪問したい旨伝えたい。

(三) 原告は、五月八日午前一〇時三〇分ころ、平塚税務署所得部門に電話をかけ、被告所部係官に対し、抗議して電話を切った。

(四) 菅野係官は、原告から調査協力を取りつけようとして、その後再び原告に電話をし、留守である原告に代わって出た妻ハル子に対し、調査に協力してもらいたいが応じてもらえるか、原告の返事をもらいたい旨伝えた。

原告は同日、被告所部係官に電話をかけ、抗議して電話を切った。

(五) 原告が、五月二〇日午前一〇時ころ、突然平塚税務署に出頭してきたので、菅野係官がこれに対応し、被告の税務調査に協力するように説得したが、原告は、これに耳を貸そうとせず、差し置いた不在票のことなどを抗議して、出て行った。

(六) 菅野係官は、五月二二日、原告の所得金額を取引先調査によって把握するため、原告の取引金融機関の調査で把握した売上先をはじめ、被告が事前に原告の売上先として把握していた伊豆半島の鮨店に対し、原告との取引について回答するよう依頼した照会文書を発送した。

ところが、右照会文書を発送した数日後の五月二六日、原告から菅野係官あてに電話が入り、原告は、同係官に対し、取引先に照会するとは何事だなどと抗議した。

(七) 原告の取引先に対する照会につき、回答がえられないものが多数発生したため、菅野係官は、電話でこれらの未回答者に対して回答するように督促したところ、右未回答者から、総じて「強制捜査でないから協力できない。」という電話回答があった。また、被告が発送した照会文書を、原告が取引坂から回収しているという事実が、一部の未回答者から明らかとなった。

(八) 原告からは、菅野係官あてに、「照会先に電話をかけまくっているようだが、どういうことだ。税務調査は任意調査だから、回答する必要はないはずだ。」等の内容の電話が入り、同係官が所得税法に基づき税務調査を進める旨を告げると、原告は喧嘩ごしで怒鳴り、電話を切ってしまった。

(九) 当時菅野係官の上司であった被告所部職員後藤憲之統括国税調査官は、その後、原告と電話でやり取りし、修正申告のしようようや再度の調査協力の要請をしたが、原告は、わずかに調査対象年の翌年分である平成元年八月二五日、二六日、二八日、二九日の四日分に係る仕入金額と売上金額を報告したのみで、これに応じようとしなかった。

そこで、被告は、右推計により算定した所得金額をもって、原告の所得金額とし、本件各更正をしたものである。

3  右に認定した事実と、証拠(乙二〇、証人菅野、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、被告の主張1(調査等の経緯)の事実を認めることができ、また、前提各証拠によれば、原告は白色申告者であり、仕入や売上について毎日メモに記載したものがある程度で、総所得金額を算定するに足りる帳簿書類は初めから作成していなかったことが認められる。

二  推計の必要性について

1  右認定のとおり、原告は、当初から税務調査をかたくなに拒否する態度を採り、被告の税務調査には協力をせず、その総所得金額を算定するに足りる帳簿書類等の資料を提示しないばかりか、そもそも当初からそのような帳簿書類は作成しておらず、さらには、被告の行った反面調査についても積極的な妨害行為に及んだため、被告は、原告の総所得金額を実額で算定することができなかった(原告が報告した平成元年中の四日分に係る仕入金額及び売上金額から、原告の所得金額を実額で算定しえないことは、いうまでもない。)ので、推計の方法により原告の総所得金額を算定したものであり、本件について推計の必要性が存在したことは明らかである。

2  原告は、被告が原告に対してなすべき協力要請も十分にせず、余りに安易に推計課税をした旨非難するが前記認定によれば、菅野係官等の被告所部係官が原告に対して不誠実であったとは認められず、被告は、それなりに原告の所得金額を実額で把握しようと努力したものということができる。そして、原告の協力を得られないものと判断するに至るまでの期間が比較的短期間であったことは事実であるが、前記認定の原告の対応からすれば、これもまたやむを得ないものというべきであるから、被告が安易に推計課税の方法を採用したものとはいえず、原告の主張はいずれも理由がない。

三  本件各更正の根拠及び推計の合理性について

1  被告の主張3の事実のうち、原告の本件係争各年分の売上原価の額が、その確定申告額と同額であること(なお、原告の事業内容、規模等からみて、年初及び年末において特段の変化があったと認めるべき事情がないから、年初及び年末の商品棚卸高は同額であると推定されること。)、事業専従者控除額が各年分とも被告主張のとおりであること、そして、被告が採用した推計方法によれば、原告の本件係争各年分の事業所得の金額が被告主張のとおりになることは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

また、被告の主張4(一)の事実については、原告が積極的に争わないほか、証拠(乙四ないし一九の各一ないし四、二一ないし二三)によっても、これを認めることができる。

2  以上の事実によれば、被告は、被告の主張4(一)の(1)ないし(5)の条件をすべて満たしている同業の個人事業者を漏れなく抽出し、抽出対象区域は原告が事業を所有する神奈川県下に限定しており、地域の類似性も担保された同業者は原告と業種及びその事業規模が類似している青色申告者であるから、同業者の類似性があり、事業所も近接しており、いわゆる倍半方式で事業規模も近似し、資料も正確で、その抽出に恣意はなく、比準同業者の選定件数も相当であるなど、被告が採用した推計の方法は、これによって求めた数値を原告の本件係争各年分の所得金額に近似するものとして認定するにつき、合理的なものというべきである。

第四本件各更正の適法性について

本件各更正に係る総所得金額(事業所得の金額)は、別表「本件課税処分の経緯」記載のとおり、昭和六一年分八七四万八三八八円、同六二年分七一四万五七七九円、同六三年分八九八万四二四五円であり、いずれも前記第三、三1で認定した原告の本件係争各年分の総所得金額(事業所得の金額)の範囲内であるから、本件各更正はいずれも適法である。

第五本件各賦課決定の適法性について

原告は、本件係争各年分の所得税につき、いずれも過少に申告していたので、被告は、本件各更正により納付すべきこととなった税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)に、昭和六一年分については同法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。の規定に基づき一〇〇分の五の割合を、また、昭和六二年分及び昭和六三年分については、同条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合をそれぞれ乗じて計算した金額に、本件係争各年分ごとに同条二項の規定に基づき右納付すべきこととなった税額のうち、それぞれ五〇万円を超える部分に相当する金額(同法一一八条三項により一万円未満の金額を切り捨てた金額)に一〇〇分の五の割合を各乗じて計算した金額を各乗じた金額を各加算した金額に相当する過少申告加算税を各賦課決定したものであるから、本件賦課決定はいずれも適法である。

(裁判長裁判官 佐久間重吉 裁判官 辻次郎 裁判官 丸地明子)

別表 本件課税処分の経緯

(昭和六一年分)

<省略>

(昭和六二年分)

<省略>

(昭和六三年分)

<省略>

別表一 昭和61年分類似同業者

<省略>

別表二 昭和62年分類似同業者

<省略>

別表三 昭和63年分類似同業者

<省略>

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